実印を作るとき、多くの人が最後まで迷うのが書体です。
代表的な書体として2つ。
「篆書体(てんしょたい)」がいいのか、「印相体(いんそうたい)」がいいのか。
ネットで調べても、サイトによって言うことがバラバラで、かえって迷ってしまう。
そんな経験はありませんか?
先に、一人の印章彫刻師として正直なことを言います。
この問いに「絶対の正解」はありません。
その証拠に、私自身、20年で好みやオススメが3回変わりました。
篆書体を勧めていた時期があり、印相体に惚れ込んだ時期があり、そして今また篆書体に戻ってきています。
でも、だからこそ「あなたが自分で選べる」ように、なぜ意見が割れるのか、二つの書体は何が違うのか、その裏側まで正直にお話しします。
2015年1月21日に公開したブログですが、何度もリライトを重ね、2026年7月21日再びリライトしました。
まず、ざっくりの入り口
| こんな傾向 | 向いている書体 |
|---|---|
| 文字そのものの美しさ・風格に惹かれる | 篆書体 |
| デザインの強さ・個性・見た目のかっこよさに惹かれる | 印相体 |
ただし、これはあくまで“入り口”の目安です。
実際のところは、記事の後半で正直にお話しします。
なぜ、お店によって言うことが違うのか

これが、みなさんが混乱する一番の原因だと思います。
正直に、業界の内側からお話しします。
昔ながらの職人ほど、篆書体を勧める傾向があります。
篆書体は印章文字の起源にあたる、いわば「本流」だからです。
一方で、量販系のネットショップなどでは、印相体を勧める傾向があります。
「開運」「複製されにくい」といった売り文句と相性が良く、見た目のインパクトで選ばれやすいからです。
でもこれらは、どちらが正しい・間違いという話ではありません。
考え方が違うだけなんです。
実際に現在の一般的な傾向としては、印相体を好まれる方が、店頭でも多い傾向がありますから。
そのため、あなたが自分の物差しで選べるように、二つの違いを整理します。
篆書体と印相体、何が違うのか
篆書体

篆書体(てんしょたい)は、印章に使われる文字の起源です。
二千年以上の歴史をもち、紙幣の印章などにも使われている、格調高い古典的な書体です。
文字そのものが本来もっている造形の美しさが魅力です。
印相体

印相体(いんそうたい/吉相体)は、その篆書体をベースに、文字の線を印面の枠まで伸ばして接するようにデザインした書体です。
意匠性が強く、個性を出しやすい。
余白が埋まるので見た目が華やかにもなります。
ざっくり言えば、篆書体は「文字の美しさ」で見せる書体、印相体は「デザインの強さ」で見せる書体です。
でも本当は、あなたの名前の字次第で変わる
ここまで「篆書はこう、印相はこう」と整理してきましたが、正直に打ち明けます。
実際の書体選びは、名前の漢字の組み合わせひとつで、おすすめが変わります。
「姓なら印相、名なら小篆が映えやすい」「印相は縦組み、篆書は横組みが合いやすい」——こうした目安も確かにあります。
ただし、これらはあくまで“傾向”であって、絶対のルールではありません。
次の「鈴木」が、まさにその例外です。

私の目にいちばん美しく映るのは、篆書の中でも古い時代の書き方『小篆(しょうてん)』で、横に組んだ姿です。
印相体は、比較的どんな文字でもデザインで映えるにも関わらず、「鈴木」の場合は、私は篆書の方が好み。
それくらい、ほんの少しの違いで“正解”は簡単に入れ替わってしまいますし、もちろんこの中で印相体が一番好きという方もいます。


そのため結局のところ私は、ルールで割り切るのではなく、その名前を実際に見て、自分が「美しい」と感じるものをお勧めしたいと考えています。
どこかのサイトで「実印は○○」「銀行印は横がお金が貯まる」ではなく、実際に彫っている職人に頼む一番の意味は、そこにあると思っています。
私が20年で3回、好みを変えた話
ここからは、いち彫刻師としての正直な告白です。
教科書には載っていない、生きた感覚の話だと思って読んでください。
20年前、私は篆書体を勧めていました。
理由はシンプルで、篆書体こそ印章文字の起源だからです。
職人としての修業時代にそう教わりましたし、私の親父も篆書を推していました。
親父が勧めていた理由は明白で、この仕事を始めた頃には印相体が誕生していなかったからです。
つまり、当時の私の気持ちは「本流を彫る」という空気の中にいたわけです。
10年前、今度は印相体に惚れ込みました。
とにかくデザインがかっこいいと思ったんです。
人気も高かった。
篆書体より意匠が強く、個性を出しやすい。
彫っていて「自由にデザインしている」感覚があって、面白かった。
もちろん印鑑登録の制限内の自由ではありますが。
そして最近、私の好みはまた篆書体に戻ってきています。
きっかけは彫り方でした。
横線をやや太めに、縦線を細めに——篆書本来の筆意に沿って彫ることを意識しだしてから、文字が本来もっている魅力がぐっと引き出せるようになったんです。
線の太さが一定で、まるでマジックで書いたような印相体に比べ、筆の運びを意識しつつ深い魅力にどっぷりと入り込め、彫っていて素直に美しいと感じる。
この手ごたえが、今の私を篆書体に引き戻しています。
とはいえ、です。
私は今でも印相体のデザインが好きです。
惚れ込んだ時期の気持ちは、もちろん今でも継続しています。
で、あなたはどう選べばいいのか

ここまで読んでくれた方には、もう伝わっていると思います。
プロでも20年で3回変わり、しかも両方好きで、そのうえ名前の字次第でおすすめも変わるんです。
だから、こう言い切らせてください。
実印の書体は、今のあなたが「いい」と感じたほうで良い。
これは決して無責任ではありません。
文字の美しさに惹かれるなら篆書体、デザインの強さ・個性に惹かれるなら印相体。
どちらも読みにくく、手書き文字を使用していれば複製もできないので、実用上そこで大きく差がつくことはありません。
最後に残るのは「どちらを見て、あなたの気持ちが上がるか」です。
実印は一生モノですから、その直感を信じてもらって大丈夫です。
その上で、最適なデザインを形作っていくのは、私たち彫刻師の仕事ですから。
でももし、迷って決めきれないなら——遠慮なく私たち彫り手に相談してください。
あなたのお名前を実際に両方の書体で、縦横まで並べてみて、「この字ならこう組んだこの書体が一番美しいですよ」と、彫り手の目でお伝えします。
書体選びは、そこから決めても、決して遅くありません。

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